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母親が家庭の中心として描かれる「ちゃれんじぷち」への違和感

こんにちは、しおうめパパです。
最近はベネッセのこどもちゃれんじぷちの付録DVDを毎日のようにみています。1歳になった娘が、とにかく大好きなDVDで最近では自分でDVDを持ってきて「見たい!」という仕草をします。

ただ、DVDを見ていると女性=家事・育児の中心のような表現が多く出てきてとても違和感を覚えました。
このことについて、少し考えていきたいと思います。

「ちゃれんじぷち」への違和感

娘が1歳になるころ、こどもちゃれんじぷちを始めました。
こどもちゃれんじぷちは、楽しく遊びながら学べる内容が毎月届き、とても満足しています。
特に付録のDVDは教育的要素がありながら、子供と一緒楽しく見れる内容なので、つい何度も繰り返し見てしまいます。

しかし繰り返し見る中である事に気がきました。

「このDVD、母親しか出てこない。」

こどもちゃれんじぷちのDVDには母親しか出てこない

こどもちゃれんじぷち4月号には、7名の保護者が出演しています。
保護者が7名もでてくるのに、全員が母親なのです。

これは偶発的とは思えません。制作サイドは意図して母親のみを出演させていると考えて良いと思います。

この状況に違和感を感じますか?

僕は、DVDをみながら子供と一緒に遊んでいるのですが、映像には子供と遊ぶ父親は一切出てきません。

他にも、ベネッセが発行したDVDを他にもいくつか持っています。
「こどもちゃれんじぷち体験版」
「ワールドワイドキッズトライアルCD」
など、その他のDVDも全て登場人物が母親なのです。

「なんでママしか出てこないの?パパも一緒に遊んでいるのに。」と思います。

逆にこれが全員父親しか出てこないDVDだったらみなさんはどう思うでしょうか。

僕は、この母親しか登場しないDVDが市場に受け入れられていることに、少し違和感を覚えるのです。

母親が朝食準備、父親は寝坊

DVDの中にはおはようの曲が流れるシーンが45秒程度あります。 その画像のキャプチャが以下です。

ちゃれんじぷち4月号のワンシーン

このシーンでは、しまじろうママが朝食を作りながら、子供(しまじろう)が遊んでいるところに、しまじろうパパが「おはよーう」と言いながら登場するシーンです。

母親が早起きして家事や料理をして、父親が遅くまで寝ているという、日本の多くの家庭事情を忠実に再現してしまったのではないかと思います。

母親が家庭の中心という枠の中で

僕が危惧しているのは、母親=家庭の中心という構図を幼い頃から見せてしまうことによる、先入観の植え付けです。

上で挙げた二つの例はとても細かい部分なのですが、無意識に「家事・育児は女性の仕事」ということを植え付けるには十分すぎる絵なのではないかと思います。

ちゃれんじぷち4月号では母親と遊ぶシーンしかありません。
このことにより、子供は「母親と遊ぶもの」と思い込んでしまいます。
大人も「母親しか出てこない=母親が子供遊ぶもの」と無意識の刷り込みをされている気がします。

制作サイドも、見る側も「女性が家事育児の中心」という枠の中で物事を考えてしまっているのではないでしょうか。

教育業界がリードして男性の家事・育児参画を促して

僕が望むのは教育界のリーディングカンパニーであるベネッセに、父親の家事・育児の関わりをもっと積極的に打ち出して欲しいということです。

もっというと、ベネッセに限らず教育業界が率先して父親の家事・育児の関わりを表現していく必要があると思っています。

2015年度の女性の育児休業取得率は81.5%でした。一方で男性は2.65%です。
これだけ見ても、育児参加への隔たりは大きいと思えますが、同様に家事参加も低いのが現状です。

このような現状の中で教育業界のすべきことは「現状を素直に伝えること」ではなく「あるべき理想の姿を伝えていくこと」だと思います。

すぐ先の未来では、少子高齢化・核家族化・共働きが進み、一層男性の家庭進出が重要となってきます。

今、教育業界がリードして男性の家事・育児参画を促していく必要があるのです。

まとめ

さりげなくみている幼児用のDVDでも、視点を変えると現代の社会・家庭の問題が浮き彫りになってくるように思えます。
細かいことを書いて、「自分は細けぇ男だな」と思う節もありますが、この細かいことこそが重要な気がしてならないのです。

まずは教育者の視点から変えて、日本の男性家庭進出がより進んでいくことを切に願います。